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部長挨拶

次の100年に向けて

山岳部部長 加藤 彰彦(政治経済学部教授)

 明治大学体育会山岳部は、2022年に創部100周年を迎えます。山岳部と炉辺会(OB組織)は、1世紀におよぶ歴史のなかで、数々の輝かしい成果を積み上げてきました。なかでも特筆すべきは、一つの団体として、世界の8000m峰14座のすべてに登頂していることでしょう。その嚆矢は、明治大学が誇る世界的な冒険家・植村直己さんによる日本人初のエベレスト登頂でした。その後、植村さんは北極圏で独自の冒険を繰り広げていき、他の8000m峰の頂に立つことはありませんでしたが、後輩たちは8000m峰への挑戦を続け、2003年にアンナプルナⅠ峰に登頂して14座完登を成し遂げました。もちろんエベレストのように6回登頂している山もありますので、全体では計24回、延べ56人が8000m峰の頂を踏んだことになります(2019年現在;現役学生や女性会員を含む)*。

 このような業績を挙げることができたのも、学生時代に体育会山岳部という枠組のなかで、最先端の登山を行うための基礎的能力を培ったからです。私が部長に就任して最も感銘を受けたのが、山岳部が現在においても、植村さんが活躍していた時代の登山のスタイルを継承していることでした**。もちろん過去半世紀の間に登山用具は格段の進歩を遂げ、かつて「シゴキ」と呼ばれたような訓練はなくなりましたが、長期の縦走と極地法による冬山登山は、育成プログラムの柱として継承されています。いずれも2週間におよぶ合宿ですが、食糧も自分たちで野菜や肉を担ぎ上げて調理します(冬はペミカン)。こうしたスタイルは、ライト&ファスト(軽い荷物で短期速攻)の登山が主流となった今では時代遅れに見えるかもしれませんが、決してそうではありません。

 まず、重荷を背負って長期間山に入ることが、今でも、自然のなかで生き抜く体力と忍耐力――現代人が退化させてきた能力――を身につける最良の方法です。2週間の山行中は晴れの日もあれば、雨の日や雪の日、霧の日もあります。突然の天候変化、暴風雨や暴風雪が襲ってくることもあります。同じ山でも天気が変わればまったく別の山に変貌します。自然が生みだす予想外のリスクに対応するためには、情報収集と状況観察を怠らずに、想定外を徹底的につぶして準備しておくことが不可欠です。2週間どっぷりと山につかることが、自然の猛威に対する知識と深い理解、冷静な思考と合理的な判断力、そしてそれらを支える強靱な精神を育みます。

 このようにして身につけた力を今風の言葉で表現するならば、リスク管理能力あるいは危機対応能力と呼べるでしょう。私が専門とする社会学ではグローバル化する社会を「リスク社会」と捉えています。いいかえれば、グローバル化する現代は、金融危機や経済危機、格差拡大にともなう紛争やテロリズム、温暖化による大規模災害、感染症パンテミックなど様々な危機が多発する時代でもあるという意味です。

 山岳部で身につけた能力は、植村さんが成し遂げたようなグローバルな探検・冒険だけでなく、海外でのビジネスや援助活動、あるいはジャーナリズム活動など、現代のリスク社会を生き抜くグローバル人材にとっても、国内で防災や危機管理を担う人材にとっても、必要不可欠な能力です。それゆえ、卒業後は社会のなかの様々なフロンティアにおいて活躍することが期待されますし、実際各界に有為な人材を輩出してきました。体育会山岳部の存在意義は、昔も今もリスクをとって挑戦し活躍する若者を育てる教育にあります。

 22世紀へと向かう次の100年間においても、明治大学体育会山岳部の活動に対する変わらぬご理解とご支援ならびにご指導・ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

*14座完登の詳細は、谷山宏典著『登頂八〇〇〇メートル』(山と渓谷社)をご参照ください。

** 私が経験した昭和時代の学生登山の様子についてはOB会誌「炉辺通信」の部長就任挨拶に記しました。山岳部への入部を検討している学生諸君と保護者の皆さまにお読みいただければ幸いです。

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